2013/08/06

悟りにまつわる幻想-2





いま話したようなことは

日常の物質的なことであっても

スピリチュアルな体験であっても
何らかの期待を抱いている状態なんですね






エゴ的な欲求から

何かを手に入れようとしたり

しがみつこうとしたりする。



そういうことは全て

頭であれこれ考えた結果として

生み出されている欲求であり

真実とはかけ離れたことです。






「目覚めるため」という意図で

人々が取り組んでいることの

99パーセントは

実際は 目覚めとは逆に

ますます眠りが深くなるものだと気付いて

私はとても驚きました。





「すべての道は神に通じる」とか

「どんな道からでも頂上に辿り着く」などと

昔から言われていますが

そんなわけありません(笑)





せいぜい

途中で行き詰まったり

山の根元をグルグル回ることになったり

  


あるいは

頂上とは逆方向に

ころげ落ちて行くことになるのですよ。

  






最終的には頂上に辿り着くなんて話は

幻想でしかありません。


実際は

すべての道は真実から遠ざかる。



どう思いますか?

すべての道です。



真実へ辿り着く道なんて無いのですよ。

真実はいまここにあるのに

どこへ行こうというのでしょう(笑)







たとえば この靴が


「本当の自分を見つけたい」と思ったとします(笑)




そして靴の師匠に

こんなふうに聞いています。



「どちらへ進めば

 自分を見つけることができますか?」

「どうすれば本当の靴になれますか?」




おかしな質問ですよね(笑)

靴が靴になるために何かをしようとして

意味があると思いますか?

ムダなことだと分かるでしょう?




ふざけた例ですけど

みなさんの知性を

からかっているわけではないんですよ。






でも

「いったいどちらへ進んで どこまで歩けば

本当の靴になれるの?」と

靴たちに聞かれたら

どう答えますか?




もしあなたが

幻想にとりつかれた靴だったら

「この道を進めば真実の靴になれるよ



などと答えるでしょう(笑)






実際に たくさんの靴たちが

その「正しい道」を同じ方向に歩いているのを見て

仲間が多いことにホッとするでしょうね。


   






いったいどれだけの靴が

「正しい道」など無いと気付いて




「みんな、何をしているの?

 どこへ行こうとしているの?

 本当の自分を知らないまま

 どこかへ向かって進んだからって

 どうして

 本当の靴になれるなんて思うの?

 そんなことをしても

 本当の自分から

 眼を背けることになるだけだよ」と

呼びかけるでしょうか。







そう言われると

歩いていた靴たちは 立ち止まって

「じゃあ、どうすればいいの?」と

また聞いてくるでしょう。





あなたが悟った靴だったら(笑)

何と答えますか?

どんな教えを説きますか?

どちらへ行くべきだと言いますか?






分かりますか?




「本当の靴になるために

 どちらへ進めばいいの?」


そんな質問をされても

あなたにも

目覚めていない靴たちと同じように

答えられないのです。






靴たちが

「靴になりたい」と望んでいて

「本当の靴になれる方法がある」と信じていて



そして

既に自分がそのままで本当の靴であることや

「正しい道」など無いことが

まったく想像もできないのですから。






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